最近、仕事をしながら本気で思うことがあります。

「これ、もうWeb制作会社いらないんじゃないか?」

文章はAIが書いてくれる。
画像も作れる。
HTMLもCSSも書ける。
簡単なプログラムなら、かなりのところまで作ってくれる。

少し前なら、Web専門の会社に頼まなければできなかったことが、今では自分でできてしまいます。

僕自身、毎日のようにAIを使っています。

  • ブログを書く。
  • 画像を作る。
  • プログラムを考える。
  • 不具合の原因を探す。
  • 企画をまとめる。

使えば使うほど便利です。

だから余計に思うんです。

「じゃあ、僕らの仕事って何なんだろう」と。

作ること自体の価値は、確実に下がっている

これは認めた方がいいと思っています。

  • ホームページを作れる。
  • 画像を作れる。
  • 文章を書ける。
  • システムを作れる。

それだけでは、以前ほど特別なことではなくなりました。

しかも世の中には「無料でできます」「誰でもできます」というサービスがたくさんあります。

実際、できるんです。

僕もお客様に、

「これは自分でできますよ」

と言うことがあります。

できるものまで仕事として抱え込む必要はないと思っています。

でも、その先があります。

「できる」と「使える」は少し違う

ホームページは作れます。

でも、

  • 何を載せるのか。
  • 誰に見てもらうのか。
  • どこへ誘導するのか。
  • 更新はどうするのか。
  • 問い合わせが来たらどうするのか。

ここまで考え始めると、単純な制作の話ではなくなります。

システムも同じです。

プログラムそのものはAIが書いてくれる。

でも、

  • 今の業務にどう組み込むのか。
  • 既存の仕組みとどうつなぐのか。
  • 誰が使うのか。
  • トラブルが起きたら誰が見るのか。
  • そもそも作る必要があるのか。

最後は人が考えなければいけません。

僕は「作る人」ではなくなっていくのかもしれない

以前の僕なら、

  • Web制作。
  • システム開発。
  • サーバー。
  • ネットワーク。
  • パソコン。
  • 広報。
  • IT相談。

いろいろなことをやるから「何でも屋」と言っていました。

でも今は少し違う気がしています。

何でも作る人ではなくて、
「何をやるべきかを一緒に考える人」

なのかもしれません。

作る必要がなければ作らない。

無料のサービスで十分なら、それを使えばいい。

AIでできるならAIを使えばいい。

専門会社に頼んだ方がいいなら、そう伝える。

僕が全部やる必要なんてありません。

何をするかより、誰と組むか

僕は昔から、人との仕事はここが一番大きいと思っています。

  • 技術があるから組む。
  • 会社が大きいから組む。
  • 値段が安いから組む。

もちろん、それも判断材料です。

でも長く仕事をしていると、

  • 困った時に電話できる。
  • 分からないと言える。
  • 失敗しても一緒に考えられる。
  • 何かあった時に逃げない。

結局、こういう関係の方が大事だったりします。

AIがどれだけ進んでも、ここはあまり変わらないんじゃないかな。

AIが仕事を奪うなら、それでもいい

僕の仕事の中にも、AIに任せられるものはもっと増えていくと思います。

それでいいと思っています。

機械がやった方が速いものを、人がいつまでも抱える必要はありません。

その代わり僕は、

「で、どうする?」

というところにいたい。

お客様が困った時に、

「ちょっと玉田さんに聞いてみよう」

と思ってもらえる。

派手ではないけれど、僕はそういう仕事を続けたいと思っています。

作れることより、考えられること。

技術そのものより、使いどころ。

そして最後は、

何をするかより、誰と組むか。

AIの時代になって、逆にそこがはっきりしてきた気がします。