AIに仕事を任せる時代だからこそ、
先に「考える力」がいる
AIを仕事で使う場面が、かなり増えてきました。
文章を書く。
コードを書く。
デザイン案を出す。
資料を作る。
調べものをする。
エラーの原因を探す。
以前なら人が時間をかけてやっていたことを、AIがかなりのところまでやってくれます。
僕自身、仕事で普通に使っています。
便利です。
これを使わない理由はありません。
ただ、使えば使うほど感じることがあります。
AIを使えることと、仕事ができることは別です。
むしろAIがこれだけ仕事をしてくれる時代だからこそ、
その前に持っていないといけない力があるんじゃないかと思っています。
僕らはいきなりプログラムを書かなかった
僕は情報系の勉強をしてきましたが、最初からパソコンに向かってプログラムを
書いていたわけではありません。
まずやったのはフローチャートでした。
処理がどこから始まるのか。
どこで判断するのか。
その結果、次に何が起きるのか。
紙の上で考えました。
設計もやりました。
ログの見方も教わりました。
エラーが起きた時には、
どこで止まったのか。
何を入力したのか。
その前に何が起きていたのか。
どこまで正常に動いていたのか。
一つずつ切り分ける。
そういうことを先に叩き込まれました。
当時は地味でした。
でも今、この仕事を長くやってきて思います。
あれがあったから、今でも仕事ができるんです。
プログラムを書くことより、問題を分けること
仕事でシステムのトラブルが起きた時、いきなりコードを書き直すわけではありません。
まず状況を見ます。
再現するのか。
どの操作で起きるのか。
ログには何が出ているのか。
環境依存なのか。
データなのか。
処理なのか。
設計そのものなのか。
原因を切り分けます。
これはプログラミングの技術だけの話ではありません。
仕事そのものがそうです。
ホームページから問い合わせが来ない。
だったらデザインを変えればいい、とは限りません。
アクセスがないのか。
見られているけれど伝わっていないのか。
問い合わせまでの導線がおかしいのか。
そもそも誰に向けたサイトなのか。
問題を分けなければ、本当の原因は分かりません。
僕が仕事でやっているのは、結局こういうことなんだと思います。
AIは、この途中を簡単に飛ばせる
ここにAIが入ってきました。
エラーを貼れば原因を答えてくれる。
「こんなホームページを作って」と言えば構成を出してくれる。
コードも書いてくれる。
デザインも作ってくれる。
ものすごく便利です。
僕も使います。
ただし、AIが出したものが正しいかどうかは確認します。
コードなら、処理の流れを見ます。
エラーならログと照らし合わせます。
設計として無理がないかも見ます。
他の部分に影響しないかも考えます。
僕は長年この仕事をしてきたプロなので、AIが出してきたものを検証できます。
間違っていれば直せます。
別の方法が良ければ、そちらを選べます。
問題なのはここです。
最初からAIに答えを出してもらうことだけを覚えた人は、その判断ができるんだろうか。
今の情報教育を見ていて少し怖い
最近の子どもの情報教育を見ると、いきなりパソコンに向かって何かを作るところから
始まることが多いように感じます。
プログラミングをやってみよう。
キャラクターを動かしてみよう。
ゲームを作ってみよう。
入口としてはいいと思います。
子どもは楽しいでしょうし、興味も持ちやすい。
でも、それで終わってしまったら意味がない。
なぜ動いたのか。
なぜ動かなかったのか。
どんな順番で処理されているのか。
何が原因なのか。
どう直せばいいのか。
そこを考えなければ、単にツールを操作しただけです。
AIが当たり前になると、この問題はさらに大きくなると思います。
デザインも同じ
これはプログラムだけではありません。
デザインも同じです。
今はツールを開けば、それなりのものが作れます。
AIなら、
「かっこいいチラシを作って」
と言えば、形になります。
でも仕事では、
なぜこの文字を大きくするのか。
なぜここに余白を取るのか。
誰に最初に何を見せるのか。
何を一番伝えたいのか。
そこを考えます。
見た目がきれいだから正解、ではありません。
プログラムもデザインも、作る技術より前に、考えるための基礎があります。
AIを使う仕事ほど、基礎が必要になる
AIが進化すると、
コードを書くこと。
文章を書くこと。
資料を作ること。
デザインを作ること。
こうした「作業」は、どんどんAIに任せられるようになると思います。
だったら人間に残る仕事は何か。
僕は、
何が問題なのかを見つけること。
原因を切り分けること。
目的を決めること。
判断すること。
おかしいものを、おかしいと言うこと。
だと思っています。
これはAIの使い方を覚えるだけでは身につきません。
むしろ、AIがなかった頃に僕らがやっていた地味な勉強の中に、
その基礎がかなり詰まっていた気がします。
AIを使うな、ではない
AIを子どもに使わせるな、と言いたいわけではありません。
仕事でも教育でも、AIは使えばいいと思います。
これだけ便利なものを遠ざける必要はありません。
ただ、
考える前にAIに聞く。
作る前にAIに作らせる。
分からなければ全部AIに任せる。
これが当たり前になるのは少し怖い。
AIを使う前に、
自分で一度考える。
順番を組み立てる。
原因を探す。
仮説を立てる。
その上でAIに聞く。
そして、AIの答えも疑う。
仕事で本当にAIを使える人というのは、たぶんこういう人なんだと思います。
AI時代ほど、人間側の基礎が問われる
AIが仕事をしてくれる時代になると、「何が作れるか」だけでは
差がつきにくくなります。
プログラムが書ける。
デザインができる。
文章が書ける。
そこはAIがかなり手伝ってくれる。
だからこそ、
何を作るべきか。
なぜ必要なのか。
どこがおかしいのか。
何をやらない方がいいのか。
そこを考えられる人が必要になる。
AI時代の仕事を考えると、結局戻ってくるのはそこです。
新しい道具を使う力より先に、考える力を持っているか。
これからAIを仕事で使う人が増えるほど、
その差はむしろ大きくなっていくような気がしています。
